東京高等裁判所 平成4年(ネ)1959号 判決 1992年10月28日
主文
原判決を取り消す。
静岡地方裁判所浜松支部昭和五五年(ワ)第一六七号約束手形金請求事件の判決により認可された同庁同年(手ワ)第一六号約束手形金請求事件の判決主文第一項に基づく控訴人の被控訴人に対する金銭債務は存在しないことを確認する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
理由
一 仮差押(民法一四七条二号)等により中断した時効は、その「中断事由ノ終了シタル時ヨリ更ニ其進行ヲ始」める(民法一五七条)。仮差押の手続のいずれの時点を右中断事由が終了した時と解すべきかは、必ずしも明確ではないが、権利の存在の確定と債務名義の取得を目的とする裁判上の請求の場合は裁判が確定した時から再び時効が進行を始めることとされ(民法一五七条二項)、具体的な権利の実現(満足)を目的とする不動産競売手続における差押えの場合には右手続の終了、具体的には配当手続が終了した時に時効の中断事由が終了すると解されていることと対比すると、将来の執行保全を目的とする仮差押の場合には、将来の執行を保全するための手続が終了した時、すなわち仮差押の執行手続が終了した時(不動産の仮差押についていえば、仮差押命令に基づき仮差押の登記がされ、右命令が債務者に告知された時)または執行期間の経過等の事由により執行ができない場合には仮差押命令が債務者に告知された時に時効の中断事由は終了するものと解するのが相当である。
仮差押により中断した時効は、保全訴訟の判決確定または異議訴訟(旧民訴法七四四条。本件は、民事保全法制定以前の事件であるので、以下旧民訴法の条文に従つて述べることとする。)の判決確定の時から進行を始めるという説がある。しかし、保全訴訟が口頭弁論を経てなされた場合には判決確定(仮差押の場合は判決手続で行うことは少ないから、主に仮処分の場合を考えることになろう。)の時から中断した時効が再び進行するというのならば、保全命令が決定手続で発令されたときはその一連の手続が終了した時から再び時効が進行すると解するのが自然である。異議の申立ては常にあるわけではないし、判決手続という慎重な手続をとつて発令した保全命令については判決が確定した時から再び時効が進行するのに、より簡略な決定手続によつて保全命令がなされた場合には時効がいつまでも中断されたまま(中断事由が終了しない)になつてしまうというのは均衡を欠く(それだけではない。仮差押命令が出されただけなら時効はいつまでも中断したままなのに、異議訴訟の結果判決により被保全権利の存在が認められた場合にかえつて再び時効が進行するという奇妙な結論になる。)。賛同できる説ではない。
また、仮差押の執行がなされていれば、本執行に「移行」し、本執行手続が取り消されることなく完了する時まで、仮差押による時効中断は継続するとの説がある。しかし、この説によるときは、債権者が本執行の申立てをしない限り(つまり、債権者が何の手続をとることもなく放つておけば)、いつまでも時効は中断したままとなる(後に認定するとおり、本件においても、債権者である被控訴人は、一旦は本執行の申立てをしたものの、これが剰余の見込みがないことを理由として取り消された〔旧民訴法六五六条〕後、一〇年以上も何もしないまま放置しているのである。)。裁判上の請求の場合も、強制執行または担保権実行による競売手続の場合も、裁判所や執行機関の職権により手続の進行が図られるのに、保全執行がされた後に本執行のために必要な債務名義を取得する手続を取るかどうか、あるいはさらに進んで本執行を申し立てるかどうかはもつぱら当事者の意思に任されているので、仮差押の手続をしてある限り被保全債権の消滅時効が進行しないとすると、まさに権利の上に眠る者を生み出しかねない結果となる。右の点と、仮差押は、権利の存在を確定するものでないことはもちろん、権利の具体的実現(満足)のための手続でもなく、将来の執行保全のための手続にすぎないものであり、さらに強力な権利実現の手段(本執行)が取られることが常に予定されているというべきであるから、その意味でむしろより暫定的な中断事由と解すべきものであること(時効制度を「法定証拠」の観点からみても、仮差押手続においては、被保全権利は疎明されているにすぎないので、この点からも暫定的なものとして取り扱うのがむしろふさわしい。)などの点を考慮すると、この説も採用しがたいものというべきである。
実際問題としても、仮差押を得た債権者は、債務者が任意に債務を履行しないならば、起訴命令を待つまでもなく債務名義を得るために訴え等を提起し、あるいはその他の方法によつて債務名義を得て本執行を開始する筈であり(まさにそのためのつなぎの制度なのである。)、これらの事由により時効は新たに中断するのであるから、仮差押による執行保全の手続が終了した段階で時効中断事由が終了すると解しても何ら不都合はないものと考えられる。仮差押の手続が終了した後、時効期間が経過する以前に仮差押が本執行に「移行」したときは、その後に剰余の見込みがないことにより本執行が取り消されたときでも、もともと本執行の申立てが違法であつたわけではないから、民法一五四条には当たらないと解され(つまり、本執行の申立てにより中断の効力が生ずる。)、本執行の取消しの時から新たに時効が進行するものと解される。したがつて、債権者としては、新たに進行を始めた時効期間内に再び本案訴訟を提起し、あるいは本執行の申立てをするなどして(ちなみに、仮差押の執行は本執行に「移行」した後は、本執行に包摂されて独自の存在を失うものの、潜在的には存続しており、右本執行が終局的な換価手続に至ることなく剰余の見込みがないという理由等で取り消されたような場合は、仮差押は再び独立の存在を回復し、顕在化するものと解するのが相当である〔仮差押が本執行に「移行」したことにより、右本執行が途中で取り消されること等を解除条件として仮差押の効力が消滅したといつても結論的には同じである。〕が、仮差押の執行が継続していることに時効中断の効力を認めない以上、この点をこれ以上論ずる実益はない。)、改めて時効中断の手続をとれば足りる。この程度の労もとらない債権者は、権利の上に眠る者といわれても致し方なかろう。
以上のとおりであるから、仮差押による時効の中断は、前記のとおりの手続が終了した時に終了するものと解するのが相当である。
二1 本件においては、昭和五四年一一月一五日に仮差押登記がされ、そのころ仮差押命令が当事者に告知されたものと推認しうるところ、右時期から手形金債権の時効期間である三年が経過していることは明らかである。よつて、以下その余の中断事由につき検討する。
2 本件債権は、本件確定判決により確定された債権となり、昭和五六年二月三日から新たに時効が進行することとなつたが、これから本訴が提起された平成四年一月二二日までに時効期間である一〇年が経過していることは明らかである。
3 本件競売開始決定は昭和五六年一二月に取り消され、同月二一日の経過をもつて取消決定の効力が生じたので、本件債権は、遅くとも右取消決定の効力が生じた日の翌日である同月二二日から新たに時効が進行したところ、これから一〇年を経過していることも明らかである。
4 被控訴人は、右取消決定後も控訴人が被控訴人に和解の提案をするなどしていたので時効は完成していないと主張し、右主張は、控訴人が本件債権を承認したとの主張とも解されるが、これを認めるに足る証拠はない。
5 したがつて、本件債権は時効により消滅したものというべきである。
6 控訴人が本訴において右時効を援用していることは明らかである。
三 以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は相当でない。よつて、原判決を取り消し、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上谷 清 裁判官 満田明彦)
裁判官高須要子は転任につき署名押印することができない。
(裁判長裁判官 上谷 清)